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俺の記録は蓄積されるとやがて歴史になる

東大卒ポーカー王者 木原直哉

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東大を卒業して、就職しないでポーカーの世界に身を置いている木原直哉さんをテレビ(クレイジージャーニーという番組)で知りました。

単純に惹かれたので彼の本を2冊読みました。

目次

勝つための確率思考

印象に残ったこと

  • 新幹線ではなく高速バスに乗る人はその段階で「リスクをとっている」*1

  • 確率的に計算すれば100倍の開きがあることでも、体感できないために認識が狂ってしまう。

  • 幸運とかツイてるということ、不運とかツイていないということは、あくまで短期的な、試行回数が少ない場合の出現率で計ること。五分五分勝負の時に3勝7敗になっても7勝3敗でも5勝5敗でも5勝4敗1分でも不思議に思いません。五分五分の勝率で10回しか試行してないのですからどれもおかしいことではなく、その場の運・不運にすぎません。同じ条件で100回試行して30勝70敗なら明らかに異常だと思います。それならば起こりうる可能性はわずかにあるものの、それ以上にイカサマが行われている可能性が高いと考えます。

  • お金の価値は現在の水準だけで考えないようにすべき。将来の漠然とした不安のためにお金を貯める行為は、少し厳しい言い方をすると、自分自身の価値が将来向上することを信じきれていないということでもあります。むしろ将来のために、価値が高いうちに、興味の向くこと、好きなことに使ってしまったほうがいい。

  • お金の増加はある時点から幸福の増加と正比例しなくなる。*2

  • どんなに努力しても追いつけないこと、届かないこともあるという状況は事実存在する。それでも真摯さが足りないからだと努力を強要するのは害悪である。

  • 辛い努力などしないほうがいい。努力は楽しくあるべき。

  • ブラック企業と非難されている企業の経営者は働くことが楽しくて仕方がないはずです。

  • ○○に学ぶ成功学、失敗学などという書物を見かけますが、ほとんどこじつけに近い。情報収集や分析、確率の計算能力における時代の差がありすぎるため、直接役に立つとは思えません。たまたまビジネスで成功した人が孫子の兵法が大好きだったという事実をもって、あるいはその人の頭の中にある孫子の兵法がヒントになって自分はビジネスで成功したという思いをもって、一般的に孫子の兵法がビジネスに役に立つとは思いません。それは単にビジネスで成功できる戦略を打ち立てられた人が、たまたま、孫子の兵法も好きだったという以上の意味はないのです。

  • 日本では最初に入った会社に忠誠を尽くして定年まで勤めあげるのが良いことであるという文化が長く続いていました。今でもそのことにこだわるのは良いですが、無思考でそれが良いことと思い込むのはいかがなものか。会社を辞めたければ辞めればいいのです。ただその行動が長期的に自分の幸福を最大化できるかどうかを考えればいいだけ。

  • ミスはある一定の頻度で必ず起きます。問題はその頻度が高いか低いかであって、ミスがないことだけを合格点とするのは、あるいはミスがないことを前提にするのはポーカーに限らずどんな分野でも間違っている。ミスをした人がある程度評価を下げるのは致し方がないこと。しかし、世間で見るような責任の押し付け合いは論外。ミスの発生はミスをしやすいところをより正確に検証できたということでもある。

  • 不完全情報*3における勝負事の結果は自分の努力やミスをしたかどうかだけでは左右されません。

  • 世間は少し「東大生」という存在を勘違い、過大評価しすぎ。

  • まだ何も面白いものが見つからない、何をしても楽しくないならそれで淡々と生活していればいいと思います。人生で起きるあらゆることは試行回数が少なすぎるために予想することがほとんど不可能です。ならば淡々としていればいい。そのうち趣味でも仕事でも勉強でも偶然やりたいことが見つかるかもしれません。その時にやりたいことに全力で取り組めばいい。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とか「歴史は繰り返す」と言われるから歴史は学んでおいて損はないと思うけど、個人的に歴史は美化してると思うからトレンドを追うくらいがちょうどいいと思う。

それにしてもビジネスでは孫子の兵法と結びつけるのが好きだよねwホントこじつけだと思う。

淡々と生きるというのはいいね。ただ今を生きればいい。無駄にあくせくするよりいいと思う。

たった一度の人生は好きなことだけやればいい

印象に残ったこと

  • 私が不思議でならないのは子供の頃に一生懸命勉強していい大学に入り、大企業に就職すればいい人生を送れると多くの日本人が信じきっていることです。この人生モデルはあくまで企業や国が得をするように創りあげられた体系。

  • 幸せになるには好きなことをやればいい。

  • 世の中に成功するための法則があるとすれば、自分が本当に好きなことを見つけ、やり続けるということしかない。

  • 自分で試す、「まずやってみる」ということを面倒臭がって敬遠していたら、幸福な人生を送るために必要な筆頭要素である「自分が好きかどうか」は永久にわからない。日本では無数と言っていいくらい多種多様な選択肢が用意されている。それを片っ端から試していけば、やりたいことが見つからないなんてことはないはず。

  • 前もって情報をいくら集めてもそれは実体験で得られる経験値の足下にも及びません。それにたとえ実際に体験したことが思ったような結果に結びつかなくても、それはそれで貴重な経験値が得られるのですから無駄でも損でもありません。 映画を見る前に専門サイトのレビューを詳細に検討するより見たいという気持ちが起こったら映画館に行き、自分の目で直接見た方がネットの評価よりよっぽど確かな情報が得られる。映画はわずか2時間、1800円の出費だが、ネットで調べてたら2時間なんてすぐに経つ。

  • プレーを変化させようとするならば、勝っているうちにするべき。

  • 正しく作られたサイコロならば、どの目が出る確率も等しく6分の1。でも、実際には結果に偏りが出る。10000回とサイコロを振る回数が増えれば体験上の確率と理論的確率が一致していくという大数の法則に従って目の出方は理論的確率である6分の1に必ず近づいていく。

  • 論理とは絶対的に正しいことを積み重ねること。日頃から論理の世界で生きている研究者でさえも、気がついたら思い込みの罠にはまっていたというような経験を頻繁にしている。これが正しいだろうという予測を立て、それをニュートラルな立場で検証する。これが研究者のやり方です。しかしながら本人たちはニュートラルだと思っていても、最初の仮説にはすでに直感と経験に基づきこうなるだろう、こうあって欲しいという予測が含まれているので完全にニュートラルでいることが難しい。

  • どんなに工夫しようとシミュレーションというのは結局は大雑把な予測にすぎない。必要な変数はすべて入れたと思っていても、実は入れなければいけない大切なモノが抜けていたなどというのは日常茶飯事です。たとえシミュレーションの結果、仮説が正しい可能性が高いという結論が出たとしてもそれが絶対的に正しいと信じるのは間違えた考え方。

  • 数学の証明はいい論理的思考のトレーニングになる。

えー?上の本ではやりたいことがなければ淡々としてれば偶然やりたいことが見つかるかもと書かれてたのにこっちの本ではいろいろ試してみればやりたいことが見つかるってか。

科学者が言ってることが正しいという風潮は嫌い。上に書かれてるように都合のいいデータを使って結論づけてる科学者が多いと思う。 そういう点を突けるような科学の知識と論理的思考を身に着けたいよね。

あと、ネットでごちゃごちゃ騒いでる暇があったら自分で体験した方が早いというのはごもっともなのでそうしたい。

ちなみに俺は数学が苦手です。現代文も苦手なので論理的思考力はないです。

*1:俺も新幹線派。こういう事故もあったからこれはマジだよね。

*2:今年のノーベル経済学賞を取った人の理論だよね

*3:ポーカーや麻雀のように対戦相手がどのような手札を持っているかわからないゲームのこと。完全情報ゲームは将棋や囲碁のようなゲーム。